シアトル1


UW(The University of Washington)セントラルプラザ 1997年 7月 2日

 日本出発と同日の6月30日はシアトル到着直後でもあり、挨拶やら、身の廻りの整理やらでバタバタして瞬く間に終わり、7月1日は日本語ボランテイアグループの第1班として授業支援を無事済ませた。そして今日7月 2日からは、気に入ったところを描写できる。空気も爽快、天気も快晴のUWの中心部から若干離れたところにある噴水付近から、大学中心部セントラルプラザの遠望を滞米の初作品に仕上げた。



UWマリーゲート 1997年 7月 2日

 私達が構内に入った頃は早朝だったので、噴水は出ていなかったが、10時過ぎる頃にようやく出だした。ここは各校舎に名前が付いていて、噴水のバックになったマリーゲートなる校舎を描いた。しかし、噴水の描写は難しく、出来るだけ空白部を残して水の感じが出るように工夫した。あまり色を加えない方が良いようだ。



スペースニードルタワー 1997年 7月 2日

 午前11時頃、一旦集合し、私達はバスで市内観光をかねてダウンタウンへ行き、シアトルセンターという遊園地で昼食を済ませた後、シアトルの代表的な旧ランドマーク・タワーである Space Needle を下から見上げる形で描いた。私はペンではなくダーマートグラフという、線太のクレヨンみたいなものを使った。



シアトル遠望 1997年 7月 2日

 シアトルセンターから徒歩でピアというウオータフロントへ出て、ここから片道 35分の Bainbridge Island 行きのフェリーに乗船した。片道の行程が35分だから船上でユックリ描いても1枚は確実に描ける。私はキャビンの前方に場所を確保してシアトル・ダウンタウン中心のビル街をダーマートグラフを使って描いた。勿論、シアトルのシンボルの先ほど見た Space Needle も入れた。Bainbridge Island では下船せずに、そのまま再びシアトルへ帰ることにし、帰りの船内で色の仕上げ塗りをやった。



UWデニーホール 1997年 7月 3日

 早朝、三々五々学生が登校して来るのを横目で見ながら、ちょっと離れた緑豊かな芝生の上にどっかと座って、青空の下、誰にも邪魔されないで、最初に淡彩スケッチをしたのは、DENNY HALLの方であった。建物の尖んがり帽子のドームのついた屋根、煙突、壁、窓,階段のどれもがそれぞれ味のある色彩の取り合わせで、これらが鬱蒼とした緑の木立と鮮明な萌黄色の芝生に溶け込んでいるのである。同行の師は、この写体をメルヘンテイックに描けと言われたが、無粋な私にはメルヘンタッチが何か分からぬまま絵筆を走らせていた。



UWハッチンソンホール 1997年 7月 3日

 ダニーホールから少し離れて車道に面した HUTCHINSON HALL を描きに行く。 この建物は後日一人で再訪したときに、内部を見学したが、この大学の演劇学科の建物であった。車道の曲線に沿って緑に包まれた校舎を描き、走行中の車の後ろ姿と、舗道を歩く人物を入れた。同行の師は、人物や車など動く材料を入れることで、絵に生活観が滲んでくると言われるのが口癖であったので、あえてそのようにした訳だ。この日スケッチは午前11時頃に終わらせ午後は外国でのゴルフを楽しんだのである。 その場所は、Lake Washington の北方に位置した1919年創設の名門コース INGLEWOOD COUNTRY CLUB であった。



米国独立記念日 1997年 7月 4日

午後の日差しは思ったより強く、私達は約1時間程かけてワシントン湖の土手を汗水たらしながらスケッチする場所へ歩いた。GASWORKS PARKは旧都市ガス工場の跡地で、工場跡の大きなタンクや太い配管がそのままモニュメントになったようなところで湖の水際まで草地の広っぱになっていた。この周辺は、今夜催される米国独立記念花火大会の見物広場になるとかで、屋台や土産物店などが続々と店を張る中、昼間なのに家族連れやアベックの見物人も次から次に集まり、草地で場所取りの敷物をひいたり、テントを張ったりしていた。ワシントン湖で泳ぐ者もいて、湖面には星条旗を掲げたヨットや大きなクルーザーなどが停泊していた。私はワシントン湖対岸のシアトルダウンタウン、シアトルセンターのニードルタワなどを入れて一枚完成させた。



前へ
Top
次へ

inserted by FC2 system