南仏の日々(8)アヴィニヨン、アルル編
 

  指折り数えて、もうエクス滞在早や20日目。折り返し地点を過ぎてあと全行程の3分の1を残すのみとなった。我々男性族に比べて、遥かに人口密度を誇るオバチャン連中は、三々五々、グループを組んで、あちら、こちらへ旅行しているらしいとの巷の噂が耳に入ってくる。なのに、小生といえばエクス界隈ばかりさまよっていて、折角、遠路フランス くんだりまで来ているのに、何か、こうチョット膠着気味で、気があせる。オバチャン連中に仲間に入れて呉れというのも癪だし、エイままよ、男は度胸とばかり、一人旅を決行する事にした。勿論、エクスを離れる時は、リーダーに予めスケジュールを提出しなければならない。そこで、リーダーの所に集まっていた仲間の各地旅行記録を一つ一つを吟味した。 
 

  ▼ 6月15日(火) 快晴。アヴィニヨン行

   今日は、未だ行った事のないアヴィニオンへ単独日帰りバス旅行を断行する事にした。未踏の世界に入り込むような、とてもスリリングな気持ちだ。決断すれば、 あとは実行あるのみ。仕度を終えると、未だ寝ているルームメイトに置き手紙をして、また、リーダーのメールボックスにスケジュールを投函して、ホテルを後にする。目的地には可能な限り早い時刻に到達する方が、そこでタップリ時間を使える。早朝 は、実に清々しい気分だ。エクスのバス・ターミナル Gare Routiere の案内所で、アヴィニオン、アルル、ニース行き帰りの分かるバスの時刻表をまとめてもらった。3番停留所で待つ事しばし、バスが来たので、運チャンに2つの事をトライしてみた。一つは、エクス?アヴィニオンのバス代が、クレジットカードで払えないかで、これは運チャンが、カードを入れてみたが機械が反応せず、うまく行かなかった。もう一つは、仲間は片道 86FF で行ったが、往復があるのかを確認した結果、こちらは、うまく行き 138FF の往復切符を買う事が出来た。
\(^o^)/ ヤッター!

  ここでの折衝は、改訂14版1999.1.1 JTB発行 「ひとり歩きのフランス語自遊自在」の Quel est le tarif ? (いくらですか) の記載ページで、ポストイットに AIX → AVIGNON 1. aller simple ( ) frances 2. aller retour ( ) frances 3. carte senoir ( ) frances と予め書いたメモを張付けて指差しながら聞いたのだが、答えてくれたフランス語の金額がどう言っているのか分からないので、書いてくれといったら、運チャンは面倒だと思ったのか、料金・時刻の入った LIGNE AVIGNON/AIX EN PROVENCE (direct par autoroute) Horaires d'hiver (Valables du 31 aout 1998 au 3 juillet 1999 inclus) を呉れた。シメシメ。勿論、Merciとお礼を言った。それには、TARIFICATION のところで以下のように記載されていた。

  Ticket plein tarif 86.00 frs Ticket aller-retour 138.00 frs(valable 2 jours concecutifs sauf le week-end:pour un aller le samedi , retour le lundi). Non remboursable. Carte 6 voy.30% 370.00 frs (pur tous) Carte 6 voy.40% 316.00 frs (etudiant et personnes agees) Abonnement hebdo 393.00 frs (varable 1 semaine pour 5 aller-retour) PAIEMENT PAR CARTE BANCAIRE A BORD DU VEHICULE

  さて、2FFのトイレを済ませてエクス 8:30発、アヴィニオン行きバスに乗車、途中の風景を楽しみながら 9:40 頃アヴィニオン バス・ターミナル終点 Gare Routiere に到着。何だか町田のバス・ステーションをもっと暗くしたような陰気な所だった。ターミナル事務所へ行き、係の親切なマドモアゼルに、市内案内図と帰りのバス発車時刻、乗車場所などを確認してトイレを済ませた。ここのトイレは無料だった。外に出ると、大通りを隔てて、長くて古い城壁が左右に続いており、アヴィニオンも城塞都市の感じだ。アヴィニオン バス・ターミナルを出て、大通りを左へ少々歩くと、交差点があって左がSNCFアヴィニオン駅、右がアヴィニオン城壁の正門といった佇まいである。 

アヴィニヨン
  SNCF駅方向
     1999.06.15
アヴィニヨン
  城壁外周
     1999.06.15
 
  アヴィニオン城壁の正門を入るとすぐ右側にパン屋があって食欲をそそる。暫く行くと観光案内所あり、ここで、バス・ターミナルのとは違う市内案内図をもらい説明を受けた。ここの係のマドモアゼルも、何回も聞く小生に親切に応対してくれた。アヴィニオンに行ったら遊覧ミニトラン(小さな車両が連なった乗り物)に乗ったら良いよと言われてきたが、時間が惜しい小生は、RUE DE LA REPUBLIQUE という目抜き通りを奥までトコトコ歩いて、PLACE DU PALAIS といって教皇宮殿の辺りに来てしまった。ミシュラン・グリーンガイドにも詳述されているが、教皇宮殿の中を見る興 味はないため、というよりも、如何にスケッチする時間を稼ぐかが、小生の眼目だったので、少々先のいわばアヴィニオン城壁のお勝手口みたいなところから、すぐ RHONE川が見える城外へ出てしまった。そこは何故か、川中で中途半端に終わっている、例のアヴィニオンの橋の近傍だった。

  面白いのは、もらった2種の観光案内市街地図で、このアヴィニオンの橋の表現が異なっている事であった。アヴィニオン バス・ターミナルでもらったものは、PONT St BENEZET CHATELET、一方、城内の Office Tourisme でもらったものには、PONT D'AVIGNON となっていた。
アヴィニオンの橋の上は観光客で溢れていたが、小生は見向きもせず、これも表現が異なり、前者が PONT DALADIER、後者が PONT EDUARD DALADIER という RHONE 川を跨いだ大きな橋を渡って、対岸へ行き、向こう側からアヴィニオンの橋のスケッチ構図の良いところまで歩いてきた。約30分位もあったろうか、結構な距離であった。

  ここで1枚、戻って PONT DALADIER のたもとで1枚描いた。どうもこの PONT DALADIER のたもとは構図が良いらしく、ひっきりなしに服装でそれと分かる日本人観光客の団体をのせたバスが何台もやってきて、アヴィニオン城の写真を撮りまくっていた。 

アヴィニヨン
ベネッセ橋
1999.06.15
同左
同左
1999.06.15
同左
同左
1999.06.15
同左
同左
1999.06.15
アヴィニヨン
DALADIER橋方向
1999.06.15
 
  再び、城内に帰って、教皇宮殿 PALAIS des PAPES を描いていると、地元の高校生と思しき集団に廻りを囲まれた。覗き見している若い連中に振り返ると、ニターッと笑うので、こちらもニターッと笑う。これだけでコミュニケーションは万全だ。2年前、北米スケッチ旅行をした際、カナダのヴィクトリアで同じ光景を経験した事を思い出したが、絵は万国共通のコミュニケーションという事を今回も味わった訳だ。でもあの 教皇宮殿 PALAIS des PAPES は、細かい凹凸が多く、我ながら描き難い対象物だった。寺院の外観はどこでもそうだけど。腹も減ったので、あのアヴィニオン城入口のパン屋で、いくつかパンを買って、近くの公園で遅い昼食を済ませた。
アヴィニヨン
教皇宮殿 
1999.06.15
同左
同左
1999.06.15
 
  アヴィニオン城の土地感も概ね掴む事が出来、夕刻も迫ってきたので、城を出て一旦、SNCFアヴィニオン駅へ行き、案内所で列車のタイムテーブルをもらった。何処行きのタイムテーブルかというと、Colmar駅というアルザスワインで有名なところだ。何故かというと、パソ通・某フォーラム仲間Aさんの友人NさんがこのColmar に住んでいるというので、メールで紹介してもらっていた。エクスに来てからは、ホテルのファックスで連絡を取ろうとしていたが、教えられていた電話やファックスの番号違い、国識別番号の間違いなどでモタモタしていて、6月中旬に入ってやっと連絡が取れた。これらのファックスのやり取りを通して、Nさんが日本企業の現地出先責任者で多忙な事、N元総理が6月初旬御当地に来訪した際、アルザス州知事と昼食会に同席した事、 Colmarはその昔、皇太子と雅子さんが、お忍びデートしたところである事など、色々な事が分かった。機会があったら尋ねようと計画していたが、エクスと Colmar はお互いにフランスの南北のはずれに位置していて、残念ながらこの計画は未実現のまま終わった。運賃は、等級、鈍行・急行の別等は、未確認だが、大体片道 300FFとの事だった。でも、タイムテーブルをちゃんと調べた証拠だけは残しておこう。但し、いろいろあるので、時刻は典型的な、めぼしいのを拾った。

行き:ルート Toulon → Strasbourg du 30 mai 27 novembre 1999 Avignon 00:13 → Colmar 08:03 Avignon 12:33 → Colmar 19:52

帰り:ルート Strasbourg → Toulon du 30 mai 27 novembre 1999 Colmar 08:36 → Avignon 15:58 Colmar 21:34 → Avignon 04:39 → Marseille-St-Charles 06:00

  大体片道7時間強のようだが、行きは昼間、帰りは夜行が相場のようだ。

  さて、SNCF駅と隣合わせのアヴィニオンバス・ターミナルへ行き、17:00発→18:15着 エクス行きのバスで引き揚げた。こうして、初めての一人旅はあっけなく成功裡に終わったが、度胸がついたのは最大の収穫だった。 

 
▼ 6月16日(水) 快晴。アルル行

   昨日のアヴィニョン行きが、とても自信につながり、まるでバス旅行なら俺に任せろ、という感じである。今日は続いて、アルル単独日帰りバス旅行をする事にし、早朝のエクスのバス・ターミナル Gare Routiere へ行く。21番乗り場 に来たバスの運転手とバス代交渉をしてみた。昨日と同様のやり方で、 往復切符 aller retour がないか聞いたらないという。しからば senior carte はと念をおしたら、これもないとの事で、alle simple の片道・額面通り 68FF を払って乗った。下が、バスのタイムテーブルから見た今日の往復スケジュールだ。 

  AIX Gare Routiere NO.21 08:15 → ARLES GARE ROUTIERE 09:55 

  ARLES VILLE 15:45 → AIX Gare Routiere 17:30

  このバスは直行便というより、途中あちらこちらの村を通る度に止まる各駅停車のようだった。ドコカの村の朝市のド真ん中のバス停留所では20分くらいの休憩時間があり、運転手もその土地のオジサン達と親しげに話し込んでいた。 アルルの街に入ってくると、6月1日 Arles-Camargue 旅行で来た時の町並みがないか、目を皿のようにして探していた。あったあった、先日、観光バスが停車した場所を通り過ぎた。 それから更にしばらく先へ行き、Le RHONE の川近くのバスの溜まり場で一旦停車したが、殆どの客は降りなっかたので、小生も降りないでいた。再びバスは走り出し、先程の街の中心街のようなところへ戻ってきて、全行程を終わったようだ。

  乗客全員の下車につられるように小生も降りた。 そこで早速、運転手に帰りのエクス行きバスの時刻、発車場所を確認した。 彼は、発車場所について、イッシ、イッシ(仏語のココ、この場所の意)と連発して地面を指さしたので小生は了解した。そう言えばバスで来る間に見た何処かの店の看板にICHIと書いてあったっけ。 Le RHONE の川近くのバスの溜まり場が、 ARLES GARE ROUTIERE で、中心街のようなところが ARLES VILLE である事を理解した。

  一度来て土地感があるというのは、凄い強みである。アルル市街は、後で見る事にして、まず観光案内所へ行き、ゴッホの跳ね橋 LE PONT VAN GOGH への行き方を聞いた。案内係のマドモアゼルが、小生のヴァン・ゴッホの発音がおかしかったのか笑っていたが、それでも親切に行き帰りのバスの時刻を小生の求めに応じて、メモしてくれた。 今回の我々の旅行仲間で最初にゴッホの跳ね橋へ行ったグループは、タクシー片道 80FF払ったという。小生のルームメイトはバスで行き、安かった由である。

  先程の ARLES VILLE の近所にゴッホの跳ね橋へ行けるバスの出るところが、あるのは分かったが、その1番乗り場に来たバスに、 LE PONT VAN GOGH への行きたいと告げて乗ろうとすると、違うという。 あっちの1番乗り場へ行けと言うので、行って探したが分からないので、未だ 停車していたバスヘ戻って来たら、今度は、その運チャンが降りてきて、小生の手を引っ張って来て、ここの場所で待てという。同じ1番でも北側から循環するのと、南側から循環するのがあり、進行方向が丸反対になっているようだ。

  やがて、やって来た女性運転手の小型バスにのり、視界の広がったところに来て、ゴッホの跳ね橋がそれと分かるバス停でおりたが、片道 5.2FF であった。 日差しが強く、木陰を探してスケッチしようと思ったが、あいにく木陰が良いところにない。仕方が無いので、若干上流の橋のたもとにちょっぴりある日陰でスケッチした。勿論、写真にも何枚か収めた。橋の横にはゴッホが実際に描いた絵を載せた掲示板というか、案内板が設置されていた。 

アルル
ゴッホの跳橋
1999.06.16
同左
同左
1999.06.16
同左
同左
1999.06.16
 
  再び市内へ帰ってきて、以前入手したアルル市街地案内地図を頼りにあちらこちら歩き回った。 円形闘技場 L'MPHITHEEATRE 、古代劇場 LE THEATERE ANTIQUE、旧市街の16世紀の鐘楼、17世紀の市庁舎、12世紀のサン・トロフィーヌ教会などに囲まれ、古代競技場から1389年に発掘されたという四角錐のモニュメントのような高い塔が噴水の中心にデンと座った Place de la Republique リパブリック広場周辺は勿論、Le RHONE の川周辺にも足を伸ばし、LE MUSSE REATTU など構図の良さそうなところでは、スケッチした。 

  川沿いの道は犬の糞害(フンガイ)だらけで汚く、油断も隙もならない。エクスでもそうだが、フランス人は、犬に関するかぎり本当にだらしの無い国民だと憤慨(フンガイ)させられた。我々の仲間で既に大きいのを踏んだものがいるし、フランス人も結構踏んでいるが、幸いにも小生は未だ踏んでいない。 
  足で稼ぐとは良く言ったもので、今日一日あちらこちら、歩き回った御陰で、アルルの街の輪郭もほぼ記憶する事が出来た。 午後4時ちょっと前、予定通りのバスで、エクスへ帰った。 

ローヌ川沿い
MUSSE REATTU
1999.06.16
アルル
オベリスク塔
1999.06.16
同左
パブリック広場
1999.06.16

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