本州最北端スケッチ旅行   23 Oct.,2001

    彩水会・全国展、今年は2会場増え、5月から10月にかけて全国8会場(福井、大阪、札幌、高松、東北・大間、東京・銀座TEPCO館、名古屋、九州)において開催された。今回初開催となった青森県大間地区での「東北展」に合わせて、本州最北端写生会が、9月7日〜9日の2泊3日合計27名参加のもとで催行された。(昨年は10月に名古屋スケッチ旅行

   今回は空路で函館へ行き、函館からはフェリーで大間港へ渡った。代表世話人のNさんは、25名の会員をレンタルバスに載せ、「まさかり」の鉄の部分や柄の部分を経由して青森市街方面へ、つまり下北半島の最北端・大間から恐山、むつ、谷地温泉、八甲田、萱野高原、山内丸山遺跡と長距離を運んで頂いて、無事全員つつがなく楽しいスケッチ旅行が出来たことに感謝している。いつもながらのボランテイア精神には頭が下がる思いだ。移動行程地図を参照願いたい。

   東北展開催にあたっては、僻地・大間在住の会員M夫妻が、悪条件の中で献身的に尽力をされ、スケッチ旅行では終始自家用車で先導、且つ、行く先々の地域で適切・詳細な説明をされて、我々を楽しい旅行に導いて下さったご恩も忘れてはならない。この場を借りて、厚くお礼を申し上げる。

   実は、今回の旅行を一層楽しいものにしたいと考え、自分自身で事前に試みていた下の2つの事がある。

1.大間がどんな所か分からないので、ネットワーク検索で調べたら、あんな僻地には珍しいハイカラなサイトが見つかった。
   大間の田村 将導さんの本州のテッペン サイトである。旅行で行く先の土地の気象は、先ず気になるところであり、田村さん
   からは御当地の気象条件を寸前に頂いたが、初日は残念ながら雨風、2日目は曇り時々雨という、余り嬉しくない予想が
   結果的に当たってしまった。

2.未だ面識ははないが、メーリングリスト仲間に青森在住の棟方啓爾さんという方がおられ「青森の自然」という秀逸なサイト
   のオーナーさんで、機会が会ったらお会いしたいなと思っていた。八ヶ岳高原旅行のページで、 八ヶ岳や富士山の山岳俯
   瞰図が、ふんだんに使われているが、これが棟方さんのご提供によるカシミール3Dというソフトだそうである。
   後に述べるが、この棟方さんには幸運にも青森でお会いする事が出来た。

   大体、大間が、NHK朝の連ドラの舞台だったと言うことも知らない人間だから、鰹じゃなくて、マグロの1本釣りも今回初めて知ったお粗末な人間でおじゃりまする。済みまシェ〜ン。(~-~;ホヘ-

▼9月7日(金)
   タクシーならともかく、電車乗り継ぎでは出発時刻に間に合わない事が分かり、早割・航空券はやめ平日シルバー割引を使って、風雨の強い函館空港に着いた。四国、関西、福井、名古屋、首都圏から参集した総員25名が揃った事を確認、先着組が買っていた各種弁当とお茶の支給をうけ、雨の中をタクシーに分乗して、ひたすら函館港へ向かう。運ちゃんに聞いたら、最近は台湾、韓国からの函館直行便が盛況の由。かの地の経済状態がいいのではないかと思ったりした。函館港から大間港までのフェリーは雨風でかなり揺れた。小生は、家から持って行ったジョニーウオーカー黒と函館港で買ったミネラルウオータ、コップを武器に、周りにいた飲兵衛(失礼?)のK先生、T先生他に気前よく振る舞った。船酔いするより先に酒酔いしておいた方がいいのは小生の持論だ。

   大間に着いて当地在住の会員M夫妻の出迎えを受け、これで27名全員が出揃った。雨の中ではどうしようもなく、さっそく東北展の会場へ向かう。全155点の作品が展示されたホールを参観した。どうしてこんな僻地にあるのかと思う位立派なこの東北展の会場、北通り総合文化センター「ウイング」というのは、上に紹介した田村さんサイトの左メニユーの「デジカメによる大間の紹介NO.4」にあるので御覧になればと思う。作品展参観後、館長さんに建物全体の案内をしてもらった。「大間は、太平洋から昇った朝日が、そのまま夕日となって日本海に沈む日本国内でも珍しい地点」との館長の説明が印象的だった。本館からすぐ近くに風力発電の風車が見られた。小生この風力発電は初めて見た事になる。

     彩水会・東北展
       (於大間)
      会場近傍の風力発電


   会場を出て我々は宿舎がロッジのため夕食が取れないので、Nさん運転のレンタルバスで本州最北端の民宿・料理屋「くどう」へ向かった。今日東京から来て、フェリーに乗って、雨の大間で展示会を見て、いささか疲れたが、やっと皆で酒肴をかわす楽しい時間になった。焼きウニをはじめ食べきれないほどの海の幸に舌鼓を打ち美酒に深く酩酊した。\(^o^)/

   その後、大間の隣村の佐井村にある宿舎の「ケビンハウス」というロッジに引き揚げ、恒例の二次会が始まり、夜の更けるのも忘れて余興などを楽しんだ。下の写真はロッジ2階から写した賑やかな二次会の酒盛り風景である。

      民宿・料理屋の夕食       二次会の酒盛り風景

▼9月8日(土)
   世話人さんの紀行によると

   「この朝、ものすごいサウンドで目を覚ます。4時頃、ギーガリガリ、ギーガリガリ、ケビンハウス中に響き渡っている。横ではガースーの鼾とともに、相当な音だ。まるで熊か何かがハウスに入りたくて壁を引っ掻いているように思われた。この音に気がついたメンバーは、いたたまれずに夜明けとともに絵の具を持って、目の前に広がる男願掛け、女願掛け岩に向かい、柄を描き出す」

   とあった。小生もその凄いサウンドを出していたのだろうか。でも5時頃には起きて洗顔後、すぐ絵の道具を持って外に出た。辺りは霧が深いが一応天気は持ち直した気配に、ホッとする。

   この佐井村は、下北半島を「まさかり」とすると津軽海峡に面した「まさかり」の歯に相当し、その北端が大間になる。早速近隣探索とスケッチに出かける。やっと出番が来たような嬉しさがこみ上げて来る。先ずは北の方へ斜面下りで20分程歩いてゆくと寂れた小さな矢越漁港があった。一旦海岸へ降りて、岩礁のようなところで、この旅で初めての絵筆を握った。そのあとまた上り坂をとって返し、ケビンハウスに近い断崖絶壁のようなところで、何枚か描いた。

        矢越漁港          佐井村案内板

      佐井村1       佐井村2       願掛岩


   出発の午前8時前、ロッジの中を後かたづけしてレンタルバスで、朝ご飯を用意してくれている佐井村の民宿「宮野」に向かう。朝取り立ての烏賊そーめん、しゃきしゃきした下北もずく、数の子、昨晩に続き、下北ならではの食材を使った豪勢な朝ご飯を堪能する。「お酒があるともっといいね」の本音を押し殺して飲兵衛一同我慢する。民宿「宮野」手作りのヒバの箸はそのまま土産として頂いた。

   朝食後、昨日は雨でやり過ごした、本州最北端大間崎へ行く。途中トイレ休憩で寄ったアルサス前の港で、寸描をトライした。

             佐井村港


    NHK「私の青空」なる連続ドラマの舞台となった大間の田舎町を通って、大間岬へ向かう。天気は曇りで見通しは余り良くなかった。弁天島の灯台越しに北海道の函館方面がちょっぴり見えるかなという眺望だ。今日は気象条件が悪く昆布捕り船は出ず、本州最北端モニュメントのすぐ下の海では、おばちゃん達が昆布集めをしていた。かつおの石像を写したり、集団記念写真を撮ったりした。この本州最北端の風景は、ライブカメラ「大間崎レストハウス」より『本州のてっぺん 大間崎』(ご協力 : 大間町観光協会様)で見る事が出来る。

      まぐろの石像    弁天島越しの函館方面       ハイ、チーズ

      昆布捕り風景1       昆布捕り風景2


    大間から恐山までの道のりは50〜60KM位あるのだろうか。裏街道の曲がりくねった車道をうんざりするぐらい何百回(?)とターンして山の上の方へあがって行く。運転している世話人Nさんは大変腕が確かで、本職の研究者としてよりか、観光バスの運転手の方が相応しいのではないかとの失礼な錯覚にとらわれる。恐山はカルデラの為外輪山を越えないと辿り着かない。標高が高くなるにつれて雲というか霧の中に突入、雨足も時々強くなる。「この調子だと恐山に行くと背中に何かとりついて帰りの車は重くなったりして」との冗談も飛び交う。やがて外輪山を抜け、入り口の三途の川を渡り恐山到着。ここでは1時間程が与えられ、皆、思い思いのスケッチや散策に出かけた。地獄谷の岩の割れ目の色が多彩で何とも言えない感触だったので、写真に納めた。雨も本気で降り出してきたので山門の陰に逃げ込み配色する。

      恐山入り口の佛群    恐山眺望       山門       地獄谷岩肌

      恐山1       恐山2


    恐山から下山の道は表通りで、道の左右に上から(地獄の?)1丁目に始まり、下界に行くに従ってこの数字が大きくなる。
   100丁目を過ぎても延々と続く。一時過ぎに、むつ市内の一番高い「むつグランドホテル」最上階のスカイレストランでフランス料理の昼食だ。予め、魚料理と肉料理が半々予約してあって、好きな方に座り、料理の出来上がりを待つ。窓からの景色は、遠くに軍港、近くに田名部川、下北最大の市街が一望に見渡せる。カボチャ・スープにビーフシチュー、または、スズキのムニエル、そしてアイスクリ−ムとコーヒー。「私達って食べているときと絵を描いているときだけ元気ね」の会話も聞える。早々に食事を済ませ景色を描いている数人。小生はレストランでは描いている時間がなかったので、この「むつ」から約100キロ程の今夜の宿、八甲田に近い谷地温泉への長いレンタルバスの中で、頭に焼き付いたむつ市の眺望をイメージで描いた。写真が後から出来たので並べたが、橋桁の数が異なる矛盾もあるけれど、ま〜いいっか。

   小生の座席の前にいたメンバーのSさんが、途中のドライブインでコスモスを買ってきて、ソフトクリームのコーンを花瓶替わりにして描き出したので、小生もつられて退屈な時間をつぶした。「まさかり」の柄の部分のドライブ、陸奥湾を右に、青森市の北にある夏泊半島、その先の津軽半島を見ながら「まさかり」の柄の部分のドライブを楽しむ。七戸町に入ると通行止めの道路でお祭りしていたので、さんざん迂回して、やっと八甲田に向かう道に出た。上がり坂になってしばらくして、霧の中に入り夕暮れも重なって、見通しが悪くなった。山の中をまるで手探りのような走行を続けて、霧に霞む道路標識で、やっと谷地温泉の看板が見つかった。ドライバーのNさん見事に我々メンバーを無事に運んでくださり、有り難うございました。

   さて、谷地温泉は開湯四百年を誇る名湯だそうである。折角の名湯も先に入った同室者の話だと日帰り客の入浴ラッシュアワーのため、上がり湯が出ないとかで、時間も無いし何も今あわてて入る事もあるまいと、腹も減ったので宴会場に、いちもくさん。待望の夕食宴開演、イワナの刺身、イワナの塩焼きは絶品だ。それに魚の形をした独特の容器に入った一つ3千円のイワナの骨酒2つ頼んだ。廻し飲みしたらすぐ無くなったので、味と香りは落ちても熱燗を継ぎ足して飲んだ。夕食後は広い部屋に、めいめいの作品を持ち寄って、二次会もかねた恒例の品評会が行われた。

      むつ市街       車内のコスモス       谷地温泉の宴会

▼9月9日(日)
   夕べ入らなかったので、早朝、皆が寝ているうちに温泉にはいる。そうしたら何んとココは女の人もスッポンポンの混浴だった。でも早々に出てスケッチに向かう。 前2日は天気に恵まれなかったが、最終日の今日は晴れ男の念力宜しく待望の快晴で清々しい朝を迎えた。広間の裏口から薬師池沿いの遊歩道を歩いて行くと谷地神社のところで、世話人のNさんはもう描いていた。ここの1のコースを素通りして、ブナの原生林、温泉の湧く沼などの2のコースへ行く。そうしたら蔦の紅葉に出くわした。やっと描くべき対象が見つかってご機嫌だ。その界隈で紅葉の落葉(濡れ落ち葉ではない)も拾ったが、これが谷地温泉の証拠的土産になった(押し葉じゃないけれど、出来るだけ形状を保存して帰り、下にあるようにスキャナで取り込んだ。)。 その後、谷地温泉入り口から3のコースであるかなりの道を歩いて、谷地湿原越しに谷地温泉の本館写生、また谷地温泉に帰ってきて、湿原越しの連山を描いた。

      谷地温泉紅葉    谷地温泉紅葉の落ち葉       谷地温泉遠望       谷地温泉からの連山


    朝食前のスケッチ制作の仕事で、腹ぺこぺこ、朝食は、しっかり食べた。谷地温泉におさらばして、一路八甲田に向かう。下の北八甲田案内図(前述の棟方さん御提供の山岳俯瞰図)をみて頂ければ行程は分かって頂けると思う。谷地温泉から睡蓮沼、地獄沼、酸ケ湯温泉、城ケ倉温泉を通って画面左下の方からロープウエーで八甲田山頂駅へ。

   山頂駅から見た青森市は雲海の下にあったが、岩木山はよく見えた。気温は太陽に近い故か?27℃もあった。地元では、この八甲田から見た「岩木山」を「洗い髪の津軽乙女の寝顔」と表現しているそうで、そういえば、写真右側つまり、青森市街側を上にして見ると、一番高い所が鼻で、青森市街方向に髪を長く伸ばした「洗い髪の津軽乙女の寝顔」に見える。

   ロープウエー八甲田山頂駅からさらに徒歩15分程上に登り、湿原展望台近辺で、大岳(右側1585m)、井戸岳(左側1550m)をスケッチした。八甲田ロープウエイ1の写真は、「多趣味人間やまとの世界」の看板画像にした。

          北八甲田案内図

      八甲田ロープウエイ1    八甲田ロープウエイ2       八甲田山頂駅

       八甲田山頂スケッチ


    昼は、萱野高原茶屋で、そば粉100%の山菜蕎麦を頂いた。ご当地名物、長寿のお茶を三杯も飲んだので、死ぬまでの長寿は保証されたと思う。メンバーの中にはもう一度来たいので2杯で我慢した人もいた。(笑)この日、この辺に来ていた、後に出会う青森の棟方さんとニアミスやっていたかも知れない。

       萱野高原・長寿茶


    午後は、三内丸山縄文遺跡へ行く。三内丸山遺跡は、縄文時代前期から中期(約5,500年前から4,000年前)の大集落で、「三内」がアイヌ語で「流れ下る川」、「丸山」=「聖なる地」の意味だそうである。何かイベントをやっていて、古代人の衣装を着た子供達が遊んでいた。ボランテイアの説明を最初聞いてから、空いた時間でスケッチに励む。最初は縦穴住居を描いたが、やっぱり巨大六本柱を何んとか仕込もうと努力した。結局時間切れになり、現場では線図に終わり、後で配色した。三内丸山遺跡のシンボル大型掘立柱建物 の詳細は、ココを参照すればよく分かる。

       縄文時代・住居        巨大6本柱


    三内丸山遺跡の駐車場で、空港組に別れを告げ、路線バスで青森駅組と一緒に駅まで来て、散会した。青森市街で、青函連絡船時代の昔懐かしい青森港へ行き、メモリアル・シップの八甲田丸をゆっくりとスケッチした。この旅では、かなりのハイペースだが、実質2日で16枚の作品を得た。夕刻も近づき、棟方さんと青森駅みどりの窓口前で、18時頃、初めてのおめもじをした。青森駅21:06発、特急寝台「はくつる」に乗車するまで、棟方さんもう何年もの知己の如く、会話が弾んた。珍味揃いの新鮮な魚介類(烏賊そーめん、ホタテの串焼き、ほやの刺身)と銘酒のおもてなしに大感激であった。

青森港メモリアル・シップ             青森港

▼まとめ
    今回の写生旅行で、誰が一番多く絵を描いたか、それは、分からない。
   小生は16枚で、2桁の収穫になったが2日の収穫としては最多と言えるのではないか。

   来年の写生会は、韓国とかも期待されそうな雰囲気であり、多彩な集団、彩水会ならではの楽しさだ。


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